広島市は2020年(被爆から75年目)の平和記念式典に向けて、会場周辺での拡声器使用を規制する条例を作ろうとしています。市は「厳粛な雰囲気の中で祈りの場を提供したい」と説明しています。

 

 確かに市民の中には「式典中は静かに」という意見もあるでしょう。しかし、祈っているだけで核廃絶や恒久平和が実現されるわけではありません。「過ちは繰返しませぬから」と誓ってきた被爆地広島で、核兵器禁止条約にさえ反対し、自衛隊の憲法明記を進めようとする現政権に、抗議行動が起こるのは当然のことです。

 また、長崎とも異なり、被爆者代表の発言すらない広島の平和記念式典のあり方も、歴史的な産物であって、不変のものではありません。広島市が原爆犠牲者を追悼しつつ、平和を祈念する場を世界に開かれた形で設けるのであれば、その具体的あり方については、被爆から75年の節目を前に今一度市民全体で考える場を設けるべきでしょう。

 

 上述のような相異なる意見が混在する時、市民同士が対話する場を保障するのが、行政の本来的役割です。しかし今の広島市は、そうした対話の場を保障しないばかりか、条例を作って規制しようとしています。条例制定となれば、特定の団体・個人では済まず、すべての人の言論・表現の自由を規制することになります。

 広島市のこうした動きは、あいちトリエンナーレに対する文化庁の補助金不交付問題をはじめ、各地で問題になっている、表現活動に対する公権力の直接、間接の介入とも通底する問題を含んでいます。平和を追求するための自由な表現活動の発信地である「国際平和文化都市」で、言論・表現規制が他に先駆けて施行されるなど、絶対にあってはなりません。

 

 私たちは、こうした広島市の状況を黙って見過ごすことができず、「拡声器規制条例制定阻止」の一点で集まりました。広島市に対して、市民との対話を軸とした行政運営に立ち返るよう、粘り強く求めていきます。

 

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